愛に一般的な表現など存在しません

人によってさまざまな事情があるでしょうけど、相手のいう事をなんでも聴ける気持ちの余裕があるなんて、本当に素敵な事だと思いませんか。もしかしたら、それが真の愛の始まりかもしれません。

何でも相手に合わせる事で、その人は愛を表現しているのです。決して愛する人の言いなりになっているわけではありません。愛する人の言うことに納得して、行動を一緒にしているのです。相手の言う事を聴くのが、きっと好きなのでしょう。相手の言う事に、いちいち感心しながら微笑んでいるのです。それをそんなものは愛じゃない、と言う人こそ勘違いをしているのかもしれません。

愛に一般的な表現なんてないのです。皆が抵抗し合ったり反発し合ったりしている状態、それが愛なんだと思わないようにしましょう。あるご夫妻は、夫が妻の言いなりになっています。でも二人はとても愛し合っているのです。見ていて微笑ましいのもの。

言いなりになったり、されるがままになったりしても、それは間違いなく純粋で高貴な「愛」なのです。勘違いしてはいけません。「愛に一般的な表現」は無いのです。それぞれの形の中に、世界でただひとつの愛が存在しているのでしょう。あなたの相手の人が、なんでも合わせてくれたり、なんでも聴いてくれたりする人なら、あなたはもっとその人の為に合わせてあげるのです。話を聴いてあげましょう。

そんな愛こそ世界一だと思いませんか。二人の間に存在する隔たりを埋めるものが「相手を聴く」ことだと思います。だから愛は二人でかなえるものと言えるのでしょう。

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