将来は分からないから「不安?」それとも「楽しみ?」

「将来」とはどこにあって、どんな形をしていると思うでしょうか。それは今のあなたの延長線上にあるのは事実。仕事や恋愛や結婚や出世や家族といったような将来や、極端な事で言えば、「死」という将来は、あなたの延長線上にあるのですが、今はまだぼんやり想像したり期待したりする事しか出来ないのでしょう。

それを不安に思ったり、心配したからといって、どうなるものでもないのかもしれません。今のあなたがどう生きるか、どうがんばるか、その結果が将来となって姿を現すのです。

確かに、人生設計とか将来への準備という言葉は存在します。しかし、それはあくまでも言葉であって、将来というものは「なんとなく」という感覚でしかないのでしょう。将来が見えないからこそ、人は「夢」を描いて生きていけると思うのです。

夢が現実と同じ次元のものであるなら、だれもまわり道などしないでしょう。回り道があるから、人間としての全ての感覚があるのです。例えば「わくわく」や「どきどき」なのかもしれません。そんな感覚を味わえるのです。ああでもない、こうでもないと迷うのが人間。

今目の前にあるものを、しっかりつかんでみましょう。たとえ目の前に美味しいものがあっても、将来を不安に思ってばかりいては、おいしくはないかもしれません。今、おいしいと感じる事が、将来またおいしいものと出逢うための準備となるのです。

もっと言えば、今、目の前のものをおいしく食べる事によって、将来またおいしいものを食べる事が出来ると考えましょう。今、今、今の続きに将来はあります。せっかく今を生きるなら、楽しく精一杯動いて、すばらしい時間を積み重ねたほうが「得」と言えるでしょう。

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